姫路生まれの姫路育ち
子供の頃は、機械のオモチャが大好きで、子供ながらに分解しては組み立てることを繰り返していたと思います。
そんな幼少期を過ごしてきたわけですから、機械いじりが好きというよりも「機械」そのものがとにかく大好きでした。
子供の頃は、機械のオモチャが大好きで、子供ながらに分解しては組み立てることを繰り返していたと思います。
そんな幼少期を過ごしてきたわけですから、機械いじりが好きというよりも「機械」そのものがとにかく大好きでした。
楽しかった大学生活もいよいよピリオドを迎えなければなりません。私は正直大学生が楽しくて仕方なかったので、就職活動は一生懸命していませんでした。むしろ卒業せずにもう1年学生をやりたい気持ちだったのです(笑)
でも、卒業するからには就職もしないといけません。これからは自動車の時代と言われていましたので、機械好きな私は整備を教えてくれる会社へ就職することに決めたのです。
私は一通り整備の技術を覚え、整備工場では5年程度でフロントマンをやり若手育成をしていたのです。
当時は、車の塗装も品質が悪く、整備をしていても汚れがとても気になっていました。そして何百万も出して手に入れたクルマを数年で手放すお客さんが多いことに疑問を持ちたしたのです。せっかく車検や整備をしても数年で飽きてしまうのはなんなんだ?との思いがありました。
その頃の自動車の塗装の品質では数年で輝きがなくなってしまっていたのです。輝かないクルマでは愛着もなくなってしまう。それなら輝きを取り戻すことをサービスに出来ないか?と考え、誰もやらなかった洗車と磨きのショップで独立することとなったのです。
当時は洗車専門店なんてありません。インターネットもありませんし、もちろん洗車の教科書も売っていませんでした。そんな中、汚れのメカニズム、塗装の知識、輝きを蘇らせる技術、すべて私一人で独学で研究しあみ出したワザなのです!
車が汚れる理由がキズであり、洗車で出来るキズが一番の原因であるとわかったとき、プロでしか出来ないキズを付けない洗車技術を磨くこと!そしてキズが無い新車状態に戻すワザを体得すればなんとかなる!と確信したのを昨日のことのように覚えています。
あれから35年、今では便利なカーコーティングも登場していますが、高価なコーティングをしなくても、車をキレイに保てる洗車技術も私は身に着けており、コーテイング一辺倒の現在にも一石を投じております。
これ以上日本国内で誰も綺麗出来ないだろうと自信満々の完璧なコーティングを行っても、外で太陽の光を当てると「ムラ」が出来ているのです。ムラを無くすためにまた作業を行う・・・これの繰り返しだったのです。
施工は太陽光の当たらない室内で行うので、このムラをどうにか室内でも見えるようなライトを開発出来ないか?と地元のメーカーに掛け合いました。
メーカーさんも”ぜひやりましょう!”と言ってくださったのです!
もうすっかり依頼したことさえ忘れかけていた2年後に、メーカーさんから「完成した!」と連絡をいただきました!この特殊なライトを当てることでムラが本当に見えたのです。
何度か改良を行い、現在の完成形となり、ますますコーティングの完成度が高くなったのです!ところが開発してくださったメーカーさんから、ある日悲鳴の電話がかっかってくるのです。
『社長!全然売れないんですけど!』…と。
私は、こんなに便利なライトなんだから、日本中のコーティング屋さんが絶対に必要としていると思い、”これは爆発的に売れるよ!”と開発メーカーさんに太鼓判を押していたのです。
ところが、どのショップも「ここまでこだわるお客さんがいないから…」とか「お客さんはパッと見てくれが綺麗なら納得するから不要」など全く必要としなかったのです。
私は、せっかく協力くださったメーカーさんに悪いなぁという気持ちと、業界全体の技術レベルへの不安を覚えた反面、「国内に当店以上にこだわったショップは存在しない」と自信に満ち溢れています。